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旅する若者たち |
永井登志樹 |
2ヵ月ほど前の7月中旬、秋田県との県境に近い青森県深浦町(旧岩崎村)の木蓮寺でJR五能線の風景写真を撮っていたら、「何を撮っているんですか」と声をかける人がいた。ふり向くと、大きなリュックを背負い日焼けした男性が、一段高い道路からこちらを見ている。ひと目見て徒歩旅行中の若者だとわかったので、私のほうが逆に興味をもっていろいろ聞いてみた。 |
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彼を乗せたとき、ちょうどカーステレオでかけていたのが、ドイツ映画の『ベルリン天使の詩』(1987年/ヴィム・ベンダース監督)のサウンドトラックだった。偶然にしてはできすぎていると思われるだろうが、でも、嘘のようなホントの話である。 この映画は有名なので彼も知っていて、まさかこんなところでドイツ語を聞けると思わなかったのか、驚き喜んでくれた。映画で詩を朗読するペーター・ハントケという作家について話をしたかったが、お互い片言の英語ではうまく意志の疎通ができず、男鹿半島の南海岸の門前集落まで乗せ、そこで別れた。 日本を旅行中のドイツの若者が、せっかく男鹿まで来てくれたのにろくな案内もせず、交通量の少ない辺鄙な場所で降ろしてしまった。今思えば、自宅に泊めるなどもっと親切にしてあげればよかったと後悔している。 もうひとりの女性のヒッチハイカーを乗せたのは10年ほど前のこと。彼女は早朝5時半ころ、秋田南インターチェンジの入り口に立っていた。その日、お昼に福島で取材の仕事があり、朝早く高速道路に乗ろうとした私の車に近づいてきて、東京まで乗せてくれという。 見れば、まだ高校生と思しき若い女の子ではないか。「福島までしか行かないが」と言うと「それでもいい」と言って乗り込んできた。 ひと目のつかいない早朝、若い娘がインターチェンジで東京行きの車に乗せてもらうなんて、どう考えても家出としか思えない。それに見ず知らずの男の車に乗るなんて怖いもの知らずというか、大胆だとは思ったが、私は彼女のプライベートに立ち入る話はまったくせず、福島のサービスエリアまで乗せ、そこで降りてもらった。 彼女には次は運転手が男性ではなく、女性か夫婦の車を探して乗るようにとアドバイスしたが、それを見届けることなく別れた。今でも無事東京に着いたのか、その後どうなったのか、時々気になる。結果的に家出の手助けをしたことになるのだが、彼女とプライベートな話をしなかったのは、私には10代の娘を説教する度胸などハナからなかったということだと、今にして思える。 私にとって今のところたった2人のヒッチハイカー体験だが、どちらも映画のワンシーンのような、あまり現実味のない話で、ちょっぴり後味が悪い思いが残っているのが考えてみれば不思議だ。 ところで、秋田・青森県境で出会った徒歩旅行の若者H君は、今ごろどのあたりを歩いているのだろうか。別れ際に彼の写真を撮った時、私のブログに載せることを了解してもらった。群馬の親御さんや友人たちが万が一インターネットで見ることがあれば、元気な姿に安心するだろう。そして私のブログを見た人が彼をどこかで目にすることがあったら、励ましの声をかけてあげることもできるだろう。 彼とはまたどこかで会えるかもしれない。旅の幸運と無事を秋田から祈ることにしよう。 |