千秋楽同期会 | 会 長 菅原 三朗 |
われわれの同期会は戦争末期の昭和19年4月秋田中学に入学し、昭和25年3月秋田高校卒業という、人生の最も多感な青春時代に、わが国未曾有の大戦争・敗戦そして他国による占領の経験を共有し、実質6年間中高一貫校で机を並べた仲間の集団である。 |
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同期会創設の立役者は前記の3人であるが、事務所が設置された後やがて私でよければと表れたのが、小林良弘・田中孝一と言う2人の気違い事務局である。この2人は寝てもさめてもアンテナを張り巡らし「事務局は戸籍係」との揶揄をものともせず「おれ達のような気違いも必要だ」とひたすら同期会の運営に尽力された。 これでわれわれの同期会も盤石の体制が整い、独特にして緻密で継続性のある類まれな存在となって今日に至っている。 どんな会や団体でもその盛衰の鍵を握るのは事務局次第である。毎年の「同期会のつどい」の発刊をはじめ、様々な事業・企画の継続など30有余年に亘る同期会の開催とその活躍の基本を支えてきたのは、まさに小林・田中の両事務局であり舌筆では盡し得ない大功労者である。 またこれまで発刊された「同期会のつどい」をはじめ、節目毎に発刊された「記念誌」等は日本の戦後史の生々しい集団の時代史と言ってもよい貴重な資料であり、是非適切な保存措置が取られるよう提案をしておきたい。 秋田高校卒業60周年、傘寿記念、そして千秋楽という、わが同期会最後の例会が9月18日秋田ビューホテルで開催される。現在の「通常会員」135名である。しかも「物故会員その他」も135名、この数字は偶然の一致かもしれない。しかし昭和の大恐慌のさなかに生をうけ、太平洋戦争から敗戦、突如の民主主義への180度の転換、同期会旗のシンボルそのままに「疾風怒濤」の大波に翻弄されてきた。千秋楽の同期会に果たして何名出席するだろうか、ついにその日がやってきた。 |