随想

秋田の魚を食いたい

あゆかわのぼる

 気温に季節の変化があるのと同様に潮位(海水位)にも季節変化があって、日本の多くの沿岸では夏から秋にかけて潮位が平均より高くなり、反対に冬から春にかけては潮位が低くなる。
 太平洋と違って日本海は海峡によって隔てられた内海なので、干満の差は太平洋側よりずっと小さいが、冬から春にかけてほかの季節と比べて干潮時の海水位がとても低く、特に大潮の時は顕著で、潮枯れともいわれるほど潮が引く。その理由は1年を通じて異なる地球の地軸の傾きと関係があるらしい。また、北日本海側では、海水位の変化は潮の干満より気圧の変化によるものが大きいという研究発表もあるから、冬季〜春季の気象とも関連があるのかもしれない。
 朔(旧暦1日)や満月(旧暦15日)のころには、月・太陽・地球が一直線に並び、月の潮汐力(太陰潮)と太陽の潮汐力(太陽潮)とが重り合うため、潮位の高低差が大きい大潮となる。冬から春にかけての大潮の時期には、潮が引いて普段は見ることのできない岩礁がいたるところで姿を現し、冬の男鹿の海ならではの景観が広がる。
 冬の日本海は低気圧が襲来する荒海のイメージだが、いつも時化ているわけではない。大潮とその前後に、冬空に時折晴れ間がのぞく穏やかな日もある。そんな時、男鹿半島の磯辺に暮らす人たちは、潮が引いた岩場に出て、岩海苔の採取、タコ(ミズダコ)捕り、ナマコ(海鼠)拾いなどに精を出す。
 ナマコは水温が高い夏になると岩礁の陰や石の下などの暗所で仮眠状態になり、冬眠ならぬ夏眠をするという。冷たい海が好きなので冬に活動が活発になる。だから身が引き締まって美味しい冬が旬である。
 ナマコ拾いとともに、冬の磯浜ならではの風物詩といえるのが、タルイカ拾い。タルイカは食用になるイカとしては最も大きく、体長1メートル以上、大きなものは重さ10〜20キロにもなる。正式な名はソデイカといい、山陰や北陸地方ではアカイカ、ベニイカなどとも呼ばれているらしい。
 もともと赤道付近で生息する暖海性のイカで、秋から冬にかけて対馬暖流に乗って日本海に入ってくるが、海水温が低下してくると衰弱し、死んでしまう。それが冬の季節風に乗って海岸近くに寄ってきて、満潮時に浅いところに漂着する。潮が引くとそのまま砂浜や岩場に打ち上げられているので、それを文字通り「拾う」のである。なので、タルイカ拾いは干潮の時、それも誰もいない早朝が狙い目である。
 特別な道具も仕掛けもいらないので誰でも手に入れることは可能なのだが、拾える確率は朝早く浜辺に行く回数に比例する。朝寝坊で〃ひやみこき〃の私のような者には、そのチャンスはほとんどないといっていいだろう。それに運のない人も…。
 日本海の沿岸部で暮らす人以外にはあまり知られていないイカだと思っていたら、最近では短冊状にして回転寿司のネタなどによく用いられているようだ。身が厚くもちっとした歯ざわりが特徴なので、食べたことのある人も多いのではないだろうか。

 タコ捕り、ナマコ拾い、タルイカ拾いは、いずれも実益を兼ねた冬の磯暮らしならではの楽しみといえるが、これにもうひとつ磯遊びも加えたい。磯遊びといえば夏の海水浴を兼ねたものと思われがちだが、実際は潮が引いた岩礁地帯を自由に歩ける冬から春にかけての季節が、もっとも適しているといえる。なかでも男鹿半島南岸(南磯)の鵜ノ崎海岸は、満潮時には海面下になっている浅瀬が干潮時に沖合へ200〜300メートルの幅で広く顔を出し、夏とは全く違った表情を見せる。
 鵜ノ崎海岸のさながら洗濯板のような浅瀬は波食台といい、大地が波に削られて平らになった地形である。この波食台には、小豆岩と呼ばれている球体の岩石が点在している。丸い形が愛らしく見えるからだろうか、おぼこ岩ともいうこの岩石は、地質用語でノジュール(nodule)という。
 ノジュールとは、化石や砂粒などを核としてそれに珪酸や炭酸塩などが集まり固まってできたもので、日本語に訳すと「団塊」。「団塊の世代」の用語でお馴染みだが、「周囲より固い塊」を意味することばである。鵜ノ崎海岸で見られるのは、粘土質の成分と石灰質の成分がまじった泥灰岩で、カルシウムやマグネシウムなどの炭酸塩鉱物を含んでいる。
 およそ1000万年前に堆積した女川層という地層の中にできたこの不思議な岩の塊は、長い時間をかけて大地が波などでけずられていくにしたがって、徐々に姿を現してきたのだろう。鵜ノ崎海岸で見られるさまざまな形をしたノジュールは、男鹿の大地の途方もない時間の経過を物語るタイムカプセルのようにも思える。
 小豆岩は、満潮の時は頭だけ出しているので目立たないが、潮が引くと全体の姿を現す。潮位が低くなる冬から春、特に3月の今ごろが、鵜ノ崎海岸の小豆岩観察には絶好の季節ということになる。インターネットや新聞の気象情報で潮位時刻をチェックして、日中に−20以下の干潮の日があったら、鵜ノ崎海岸へ磯遊びに出かけることをぜひお勧めしたい。


鵜ノ崎海岸の小豆岩