随想

秋田の魚を食いたい

あゆかわのぼる

 暮れから正月にかけてはハタハタ。10回は食べる。もっと食べるかもしれない。大体は鍋、おしょに、秋田弁だが漢字で書けば「御塩煮」でしょっつるかやぎでもある。焼いても食べるが安物を買うせいか、ブリコがズルズルと粘るのを食べる事があまりない。寿司は平沢漁港の三浦米太郎商店の社長が毎年暮れに贈ってくれるので、大晦日と正月にしみじみと食べる。しょっつるは男鹿に住む友人から諸井醸造所の極上のものを貰った事があるが、普段はスーパーから買ってきたもので満足している。
 ハタハタの漁期はアッという間に終わる。特に県産品はシーズンが過ぎるとスーパーからたちまち消える。一夜干しとか三五八漬けなどはほとんど県外産のものに取って代わられる。その理由が私は分からない。
 鱈が出てくるのは、ハタハタの終わりごろと重なる1月の中頃からだろう。男鹿に冬の間だけだだみ丼を出す鮨屋食堂があって、ぜひ一度食べたいと思って10年余り、いまだに叶わない。理由ははっきりしていて、愚妻も信用してくれないほど車の運転が下手な私は、冬期間の遠出は仕事以外には極力しないせいだ。
 ただ、ここ数年行っていないが、春分の日に行われるにかほ市金浦の掛魚まつりはかつては毎年出掛けた。今年1月に出たコミュニティー雑誌の『ゆきのまち通信』が「鱈腹の幸せ」という特集を組み、巻頭に写真入りの雑文を書かせて貰ったが、その掛魚まつりの事を取り上げた。「掛魚」とは、豊漁や海上安全を祈願、感謝して氏神様や恵比須様に魚を奉納する事をいうらしいが、金浦では大振りの鱈を数十匹、荒縄で結わえて若い衆が担いで奉納するので「鱈まつり」ともいう。近くの公園で大鍋に煮た鱈汁を客に振る舞うが、これはその昔、近郷近在の人々が最盛期に駆り出され、そのお礼に漁師が振る舞ったのが始まりだといわれる。観光客もたくさん来て、公園には露店が並び、特設舞台で演芸が披露されて楽しい。数年前から、1月の中頃から2月中旬頃まで市内の飲食店が「んだったらにかほへ」という名前で、期間中いろいろな鱈料理を食べさせてくれるようになり、“鱈の町、にかほ”を賑やかに盛り上げるようになった。また、去年だったか、鱈しょっつるの開発に成功し、結構な人気らしい。
 こういう事を書くから、「この男、魚に詳しいグルメじゃないか」と勘違いされる事があるが、とんでもない。私は味覚音痴で魚の事もちっとも詳しくない。現にハタハタと鱈の事を書いて、その後が続かない。

 秋田の港に水揚げされる魚はこれしかないはずがない。年に一回ぐらい新聞に載る事があって、上位にハタハタ、ホッケ、アジ、スルメイカなどが並び、ベニズワイガニも加わっていたが、最近は見えない。
 秋田県の形は長方形で、計ったことも調べた事もないが一辺の長さでは日本海側が一番ではないか。しかも八森、男鹿、にかほと大きな漁港がある。国内有数の水産県といってもいいのかもしれない。ところが、最近なにかと話題の『秋田県民歌』の中に、秋田杉と鉱山と石油、それに米の4大自然資源が歌い込まれていて、いずれも過去の遺物だから嘲笑の対象になっているが、この中にハタハタを先頭にした魚が入っていない。この歌のできた昭和5年頃は魚は獲れなかったのだろうか。そんなはずはない。『秋田音頭』には、「八森ハタハタ、男鹿でオガブリコ」とある。
 歴史的に秋田県は漁業をないがしろにしてきたかもしれない。あるいはハタハタ以外は雑魚扱いしてきたのか。その延長線上にあるのがどうもホッケ、アジらしい。ホッケもアジも獲れても食卓には持て余され、一部が養殖魚の餌、余れば再び海に捨てていたが、そんな二重手間をかけるくらいなら、と水揚げ量を少なくしたらしい。居酒屋で人気のシマホッケは秋田では水揚げされず、美味しくない小振りのマホッケ。
 山形県の今のパワーの原動力は、“美味しくない米”だった、というのは知る人ぞ知る。加工して干菓子を作り、それが評価されて新潟と並ぶ干菓子県となり、やがて全国に誇る米を作り出す。今は『つや姫』。
 秋田は秋田杉と石油と鉱山と米、それにハタハタに寄り掛かって手を加えずに切り売りし、枯渇すると打つ手がなくなりじり貧となって、現在、件のごとし。
 そのハタハタも、シーズンを過ぎれば、スーパーに並ぶのはちょっと手を加えた県外物ばかり。土崎でフグを食べさせる街興しをしているくらいだ。象潟辺りの夏牡蠣、男鹿の鯛まつりもホンの束の間。 しかし、漁業県秋田はハタハタを含めて、魚の形を変え価値を付加した商品を開発し売り出そうとする気など全く見せず、振り向きもせず、素知らぬ振り。行政、関係機関ともそっぽを向いているとしか考えられない。
 ハタハタだって他の県が本腰入れて、「美味しくないハタハタを加工して売り出そう」としたら秋田はどうなる?
 秋田県は漁業を6次産業化の先兵として蘇るべきかもしれない。そうは思いませんか?