随想

隠れキリシタンの道

藤原 優太郎

 藩政時代、キリスト教信者は耶蘇教の邪宗門徒とされ、厳しい弾圧と処刑を受けた。幕府や各藩の執拗な追跡をのがれ、各地で多くの殉教者が出た。ある者は地下に潜行し、隠れキリシタンとしてその信仰を篤くした。
 仙台藩の水沢(岩手県)に後藤寿庵という切支丹がいた。本名を岩淵又五郎といい、若い頃、長崎でキリスト教の洗礼を受け、五島列島にいたことから五島(後藤)の性を名乗ったという。のちに支倉常長の口添えで仙台藩の伊達政宗に抱えられ1200石取りとなって水沢の見分村(福原)に本拠を置いた。
 後藤寿庵は奥羽地方切支丹の総帥といわれるほど当時、禁教とされたキリスト教を広めることに腐心した。伊達政宗の信任は厚かったのだが、元和9年(1623)頃、幕府の命令でますます禁教取締りが厳しくなって、寿庵は水沢福原から逃れざるを得なくなった。
 当時、寿庵のもとに身を寄せていたポルトガル生まれのデイゴ・デ・カルバリヨという宣教師がいた。かれは久保田城の大奥にまで布教した人であるが、やがて弾圧の手を逃れ、下嵐江(おろせ・奥州市胆沢区)の鉱山に身を隠した。しかし、ついに捕えられたあと、仙台城下の広瀬川原で処刑された。(パジェス『日本切支丹宗門覗史』)
 下嵐江鉱山は渋民金山といわれ、非常に繁盛し小屋が千軒もあって仙台藩の重要な鉱山であった。渋民に限らず、当時の鉱山は捕縛の十手が入らない、つまり治外法権がたてまえで、そこで切支丹たちは宣教師の助言などもあり、各地山奥の鉱山に逃げ込んだ。秋田では院内銀山が切支丹の隠れ場、逃亡先となっていた。
 伊達政宗の詮索に耐えきれなくなった寿庵は、福原を捨て、南部(岩手)あるいは秋田領に逃げたとされているが、たしかなことは分からない。
 後藤寿庵が住んだという館跡が福原公園となって水沢に残されている。そこには後に建てられた寿庵廟や福原小路という屋敷通りもある。
 後藤寿庵は胆沢川の水を水沢平野に引き込む水利事業を手がけ、のちに「寿庵堰」といわれる巨大な水路を作り上げた。その用水路は今に残っている。ちなみに胆沢川といえば焼石岳を源とする河川で、流域にすればまさに命の流れであった。今は巨大な胆沢ダムが完成しようとしている。
 話を前に戻そう。


 寿庵は徹底した切支丹で、仙台藩重臣の石母田大膳から棄教を進められたものの、それを拒んで領外に脱出したとされている。逃亡経路はいまだ不明とされており、仙台の石母田家文書からは南部(岩手県)方面に逃れたとされているが、それは必ずしも確証があるわけでもない。
 さまざまな歴史的事象を考えると、(自分の)推論では胆沢区下嵐江から仙北道(柏峠)という剣難の山道を通って秋田領に逃げ込んだのではないかということになる。福原を棄て、地下に潜行した寿庵は11名の切支丹と一緒だったといわれる。
 増田村(横手市)居住の小原縫殿之助から秋田藩重臣の梅津政景に届いた願い上げ書状に、次のような一文があるという。「先年、梅津憲忠に願って、仙台水沢に居住の旧友たちが秋田領に来て新田を開発し、機会をみて足軽並みに勤仕するよう取り計らったが許可になったから11人を移して新田112石8斗8升5合分を開発する」。梅津氏の取り成しで佐竹義宣から黒印(許可)を貰っている。
 水沢からの11人は偶然の一致といえばそれまでだが、取り成しをした秋田藩家老の梅津憲忠の妻は角館キリシタンの娘であったというから、何かの情報操作があったものではないだろうかと自分には思われる。とにかく秋田藩武士の中に相当の切支丹がいたことは間違いない。
 同時代、キリシタンと関係があるのかは不明だが、横手市の天仙寺に「岩瀬御台」の霊廟がある。
 岩瀬御台は久保田に移封された佐竹義宣の側室となった人で、のちに離縁されて横手で一生を過ごした方である。生まれは伊達政宗に摺上原の戦で滅ぼされた芦名家である。遺児となったその後、須賀川の二階堂家で育てられたが、その二階堂氏も政宗に滅ぼされ、岩城家に移ったあと佐竹義宣の側室となった。
 天仙寺の隣に春光寺があり、そこに岩瀬御台の位牌が残されている。詳しくは書かないが、春光寺もまたキリシタンと深い関係をもつところである。
 武藤鉄城の『秋田切支丹研究』の中の横手の項に、「寛永元年(1624)の冬、南部下嵐江の山中で捕えられ、仙台で斬殺された外人宣教師カルバリヨは横手へも赴く意図を有していた。
 義宣側室の岩瀬御台が離縁されたのは禁教関係ではなかったかと想像されている。春光寺には岩瀬御台の位牌が安置されているが、また木刻で高さ1尺ほどの油絵具風の塗物で彩色したマリア像とされるものがある。禁教の隠ぺいが目的か、頭部左右と前面が削り取られている。
 一人一人の歴史が別々に残されているが、藩政初期、隠れキリシタンとなった同時代人が地下で深くかかわっていたというのは言い過ぎだろうか。