随想

不思議な岩の話

永井登志樹

 日本ジオパークに認定されている男鹿半島の南海岸(南磯)には、前にこの随想欄で取り上げた椿の白岩のほかにも、奇岩怪石が数多く点在している。それらの岩石は地学的に興味深いだけでなく、伝説が残されるなどして地域の信仰や伝承と関わっているものも多い。小浜海岸にある竜巻岩(龍口岩)もそのひとつだ。
 この岩は海岸に沿って走る県道のすぐ脇にあるのだが、先を急ぐほとんどのドライバーは見過ごしてしまう。私はここを通るたびに、この不思議な形状をした岩を観光客が気づくことなく通り過ぎてしまうのはもったいないな…と思う。
 200年前にここを通った旅の文人・菅江真澄は、この岩を「龍の口という名の通り、まるで生きている龍のように見える」と記し、迫力ある絵を描いている(お見せできないのが残念だが、素晴らしい絵だ)。確かに天に昇っていく龍の口に見えないこともないが、ワニ(鰐)が口を開けているようにも見える。それで鰐岩と呼ぶ人もいるが、ここから西へ200メートルほど行った小浜集落内に本来の鰐口岩があるのでちょっとややこしくなる。ただし、道路に覆い被さるように口を開けていた元祖鰐口岩は、崩落の危険あり、ということで、7年ほど前に工事が行われ以前の姿ではなくなってしまったのが惜しまれる。
 岩の形を見ると、鰐口と龍口、どちらでもいいように思えてくるのだが、地元の人たちは「竜巻岩」と呼んでいるようだ。その理由というのが変わっていて、なんでも「強い竜巻がこの岩を巻き上げてここまで運んできた」ということらしい。それが単なる想像なのか、実際に見た人がいてその伝聞からなのかは、よくわからない。
 ただ県道から海岸に下りてよく見ると、この岩は地表とつながっておらず、岩浜の岩盤に不安定に乗っているだけなのがわかる。陸側から岩石が転げ落ちてくるような地形ではないので、どこからか運ばれてきたとしても不自然ではない気がする。竜巻ではなく、大きな津波が運んだ津波石という可能性や、竜巻岩を取り囲んでいた地層が浸食されて岩だけが残った、ということも考えられるのだが、私の乏しい知識では確かな証拠を見いだすことはできないので想像をめぐらせるだけだ。
 この竜巻岩のように、どこかから運ばれてきた(飛んできた)といわれている石や岩は、実は日本全国にある。秋田県内では、男鹿半島・大潟に続いて昨年9月に日本ジオパークに認定された八峰町の八峰白神ジオパークにも、超常現象?で運ばれたといわれている岩があるので、紹介してみたい。
 この不思議な岩の存在を知ったのは、4年前の夏に八峰町の生涯学習教室で講話をするために町の郷土資料を調べていて、「オカモイ崎」と題した次のような記述を見つけたことからだった。
 「明治8、9年の頃の秋、南東の風強く吹き、それが西北西よりの風にかわり、海は大荒れ大浪となりました。夜の12時過ぎの頃、人家を洗う雨の音高く、実に物凄い有様となりました。小入川の弥兵衛という老人、その物音に起きたが、風雨のため外に出られず、戸のすき間から外を見たところ、真暗闇の沖の方から、大きな光玉が飛んで来たので、これはと驚き、なおも戸のすき間から見て居たところ、その光玉が、物凄い音と共に、この崎へ落ちて光が消えたのです。


 

 弥兵衛老、不思議に思い、翌朝村中の人々にその話を知らせ、皆揃って、光の落ちた場所へ行って見たところ、今まで無かった大岩が岩上にあるので、皆不思議に思った。占者にみてもらったら、“これは北海道のオカモイさまの分身なり”といわれ、明治14年に(中略)立派なお宮を建てて、御神威神社としてお祭りをしたのです。それから岩館は鰊の大漁が続いたといいます」(郷土誌資料『八森』43号「岩館の今昔」より/八森町教育委員会発行)
 『八森町史』にも同じような記述があって、要約すると「明治10年10月6日の夜、海から妖光が飛んできて大音響を立てて岩浜にぶつかった。翌朝見てみると大きな岩塊が座していた。以来、鰊漁が年々盛んになったことから、これは北海道から鰊の神オカムイさま(お神威さま)がおでましになったのだ、ということになって、お宮を建てて祀った…」というようなことが書いてあった。
 オカモイ、オカムイとはアイヌ語でカムイ、神のことであって、日本語の「カミ」と同様、「霊」や「自然」の意もあるといってもいいだろう。いずれにしても、明治の初めころにどこからか大岩塊が飛んできて海岸に落下、それ以来鰊の大漁となり、岩を神として祀った、というのが話の大筋だ。

 この大岩(オカムイさま、お神威さま)のある場所は八峰町の北部、岩館漁港が近い小入川集落前の海岸。ここには菅江真澄が絵などで記録している「立岩」があり、私も何度か訪れていたところだったので、資料を読んで早速訪ねてみた。
 岩塊に近づいてみると、確かに下の岩盤とはつながっていない。支えているのは3か所で、微妙なバランスで岩盤の上に乗っかっているように見える。下の岩盤とは岩石の種類が異なるので、実際に見てみると郷土誌(史)の記述通り、光を放った大岩がここに飛んできたという話が信憑性を帯びてくる。
 岩塊は砂礫岩(火山礫凝灰岩)だろうか。目撃証言のような火の玉だとしたら、隕石ということも考えられるが、この岩石ではあり得ない。男鹿の竜巻岩と同じく、津波が運んだ津波石の可能性も捨てきれないが…。
 岩の上には小さな石祠が祀られているほか、別に小入川集落内にオカムイさまのお宮(神社)もあり、かつてお祭りの日には大変賑わったということだ。石祠のある岩の背後に、同じような形の岩があるが、これはもともとひとつの岩塊だったものが、割れて2つになったものと思われる。見れば見るほど不思議な岩である。
 八森から岩館にかけての旧八森町の周辺海域は、江戸から明治期にかけて鰊の好漁場であった。だが、かつての鰊漁のにぎわいと、それにちなむオカムイさまのいわれを知る人も、今では少ないという。

竜巻岩(男鹿市小浜海岸)


オカムイさま(八峰町小入川海岸)