文化遺産
Vol.1
タブレット交換
小坂町某所

 一日の間に何本もの列車が行き来する鉄道路線では、一本一本の列車の動きを正確に把握し管理しなければ衝突事故などの惨事を引き起こす。
 技術の進歩した今は自動化された信号や運転指令室による一元的な運行管理が主流になってきたが、一昔前まではタブレット閉塞式というアナログなシステムが使われていた。AとCという駅の間にBという列車交換駅があったとすれば、AB駅間、BC駅間にはそれぞれ一基のタブレットしか用意されておらず、AB区間用のタブレットを携えてA駅からB駅まで来た列車は、B駅でBC区間用のタブレットに交換しなければならない。そのタブレットがC駅を発車した列車が携えているのであれば、その列車がどんなに遅れていてもA駅発列車はB駅で待っていなければならないのだ。しびれを切らしてタブレットなしでBC区間に進入することは絶対許されない。
 この、いかにも前時代的なシステムはさすがに絶滅危惧種となり、年々減少傾向にあって、JRでは最後のタブレット使用区間であった只見線(福島県)が本年9月を持って運用を取りやめた。
 秋田県内では現在唯一、由利高原鉄道前郷駅でこのタブレット交換風景が見られる。本荘と矢島のほぼ中間に位置するこの駅で、先に到着した列車のタブレットを駅員が受け取り、あとから到着する反対列車のタブレットと交換し、また先着列車に進行区間のタブレットを引き渡す。この一連の流れが駅員の手作業で行われる。
 考えてみれば、今となってはこれはとても貴重な鉄道風景だ。世の中はすべからく合理化省力化の方向に進みがちだが、由利高原鉄道はむしろこの方式を守り、永く残し、積極的にPRすればいい。それによって全国から鉄道ファンや写真愛好家が訪れることだろう。
 今は空前の鉄道ブーム。老若男女を問わず鉄道に関心を持つ人が増えているこの時期、タブレットは貴重な観光資源にすらなりうる。
(文・写真/加藤隆悦)