文化遺産
Vol.37
自噴露天風呂
小坂町某所

 これは、小坂町中心部から青森県境に向かって北進した途中の山林内にある露天風呂である。自噴している湯つぼがそのまま天然の露天風呂になっていて、おおやけにPRはされていないものの噂を聞きつけた野湯好きが全国からやってくる「隠れた名所」になっている。鉱脈を探してボーリングをしたら湯が湧き出したということらしい。
 特に管理されている様子はないが、簀の子や湯桶などは個人の温泉愛好家が持ち寄ったものだろうか、体裁さえ気にしなければとりあえずタダでワイルドな露天風呂を楽しめるようになっている。湯温はやや熱めだが、加温も加水もせずに人が入るのにほぼ適温の湯が自噴しているというのも愉快なことである。
 野趣満点の露天風呂はいかにも夏のアウトドアの楽しみのようにも思えるが、しかし真夏は避けたほうがいい。思わぬ伏兵がいるのだ。それは”アブ“。
 この場所に限らないが、盛夏に郊外をドライブしたり露天風呂を楽しもうとするとアブの来襲でうんざりさせられた経験はどなたもお持ちだと思う。8月の某日、私も近くまで行ったついでにこの露天風呂に立ち寄り、他に誰もいないのを幸いに貸切状態で豪快な露天風呂を楽しもうとしたのだが、クルマを降りたとたんにアブの猛攻撃で、とてもとてものんびりと風呂につかっていられるものではなかった。誰もいないわけだ。真夏向きの場所ではないとみんな知っているのだ。
 秋田の暑い夏はもうしばらく続きそうだが、これから先、朝晩の空気がひんやりと感じられるようになったら、実はそこからが本格的な露天風呂シーズンなのかもしれない。
 万物の霊長たる人間がアブごときに翻弄されるなどははなはだ不愉快なことであるが、季節をちょっとずらせばそんな些細な問題など克服できる知恵を我々は持っている。
 アブが秋になっても活動する知恵を持たないうちに、我々は秋の露天風呂を満喫することにしよう。
(文・写真/加藤隆悦)