随想

民謡王国・秋田

あゆかわのぼる

 「民謡をしみじみ聴いたことある?」
 そう問うと、ほとんどの人が首を傾げる。というよりも、なんでそんなこと聞くの、という顔をされる。
 たぶん、民謡に関心がないのだろう。
 これは、民謡大好き人間としては寂しい。
 秋田県は、民謡の宝庫、民謡王国なのである。
 手元に『日本の民謡』(秋田・みんよう企画)という全国の民謡742曲の載った本があるが、その中に70曲ほどの秋田民謡が収載されている。キチッと比較した訳ではないが、全体の一割近いから、数でトップクラスだろう。全国に知られている民謡も、一番に違いない。
 いろんな大会やコンクールも十指に余り、修行を積んでいるものやのど自慢が全国から集まって来て競い、毎年日本一が10人余り誕生する。理由が良く分からないが、この十指に余る大会をすべて制覇した歌い手が県の芸術選奨を受賞したりもする。
 そんな県なのに、県民に先程のような質問をすると、芳しくない反応しか返ってこない。なぜだろう。
 昔は民放のラジオやテレビに民謡番組があったが、ラジオはかなり前に、テレビも今年の春あたりでやめた。番組を作っても聴いたり視たりする人が少なくなって、スポンサーがつかなくなったせいではないかしら。
 子どもの頃は、秋の祭りの神社の特設舞台や公民館で民謡ショーがあって楽しみだったが、今はあまりそういうことを聞くことがなくなった。
 盆踊りはどうかしら。
 なによりも普段民謡を聴く機会がない。
 津軽には弘前市を中心にたくさんの民謡酒場があって、全国的に知られる津軽三味線だけでなく、歌も聴ける。
 全国から若い人たちが修行にやってきて腕を磨き、コンクールで優勝すると舞台に立つ。弘前市は、民謡酒場にやってくる全国各地の観光客で、年中ホテルがにぎわっているという。ここでも苦労があって、三味線奏者は育つが、歌い手のなり手がいないらしい。しかし、それは、秋田民謡に比べれば贅沢な悩みというもので、歌う場所があって聴く人さえいれば、歌い手は、大ベテランから若手までたくさんいる。特に若手は、次々とコンクールに出てチャンピオンになる。だから、津軽民謡のような「歌い手がいない」という悩みはない。悩みは「歌う場所がない」ということだ。
 かなり昔、秋田市の有楽町や川反に民謡酒場にはよく行ったものだし、県外から友人、知人がやってくるとそこへ案内もした。NHKのど自慢日本一に輝いた歌い手もよく出ていた。浅野和子の歌を何度も聴いたことがある。小野花子が育ったのは有楽町の民謡酒場だったはずだ。
 しかし、これらはやがて店仕舞いした。客の入りが思わしくなかったのだろう。

 山王にもあって、ここにも何度か足を運んだが、一流が出ないので遠ざかったが、今、やっているだろうか。  修行し、コンクールで王座についた民謡歌手たちはどうしているのだろう。
 その昔民謡酒場のあった川反の飲食ビルでは、若い歌い手たちがリクエストに応えて、一曲いくらで歌っているという話を聞いた。まだ体験したことはないが、面白い、勇気あるやり方だと思う。
 この民謡酒場について、数年前、岩手の人から手紙をもらったことがある。「民謡の宝庫、民謡王国の秋田に、いつでも民謡が聴けるところがないのは不思議だ」ということで、何度か秋田に入ってリサーチしたという。その結論として、多くの秋田民謡を生み出した仙北市の角館か生保内に民謡酒場を作ったらどうか、という提案であった。この人はよく調べていて、「角館は日本有数の観光地だが、観光客は、武家屋敷を散策し、桜を愛でてさっさと次の場所、例えば繋温泉や花巻温泉に移動し、大宴会を始める。岩手県民としてはありがたいことだが、一晩泊まって夜の角館の風情を味わってもらう対策が求められる。駅前あたりに民謡酒場を開けば滞在型の観光客が増え、内陸線のにぎわいにも寄与できる。そう思って仙北市に提案したがナシの礫だった」と、私に同じものを送ってきたのだった。集客対策から民謡酒場建設の予算書までついていてびっくりした。こんなにも真剣に他県のことを考えている人がいる、という驚きだ。
 その話を私は仙北市に持ち込んだが、やっぱりナシの礫のまま現在に至る。
 このことは、そっくり秋田市にも当てはまる。
 川反が寂れて、復活のためのいろんな手立てを講じているが、どこか的はずれ、いずれもあまり効果が出ていない。当事者が分かっていない、ということだろう。
 今年春、それに少し関わっているらしい知人に、「これ、川反でやってみたら」と言ってみた。
 ホテルや観光協会あたりと連携して秋田市に宿泊する客を川反にいざなう作戦を立てる。その目玉を秋田民謡にする。酒と食を合わせてだ。
 「川反へどうぞ」と言ってみても、別に変わったもの珍しいもの、秋田らしい目を引くものがある訳でなければだれも行かない。
 そういう意味では、秋田民謡、秋田の酒、きりたんぽやしょっつるかやきなどの食という、他県にない最近よく言うところの“オンリーワン”三羽鴉。
 別に強制的に引っ張り込むことはない。魅力を添えていざなえばそれでいい。タップリ味わってもらって、帰りのお土産の中に、さらに秋田民謡のCDの一枚も加えてもらえればありがたい。うまく行けば、これで、さらに秋田を全国に売ることが出来る。
 どうだろう。本気になれば、この秋田民謡という宝、大きく化けるかもしれないぞ。