随想

エコトピア

菅 禮子

 このごろ、雑誌や広告で「エコ」という文字をよく見かける。右を向いても“エコ”左を向いても“エコ”・・・・・・そもそもエコとは何ぞや?─有斐閣の経済辞典で調べてみると「生物と環境の相互作用についての学問をエコロジーという」とあった。
 人間が生きていくために環境を利用して暮らしに必要な物を創り出す火の歴史は古い。わたしが“火”というものを認識したのは、小学校時代、国語の本に載っていた「稲むらの火」という一文であった。村長が丘の上の自宅の庭から、眼下に広がる田園でせっせと稲の刈り入れに働く百姓たちの姿を眺めているうちに、ふと彼方を見やると、海の水平線から白い帯のような線が一本、みるみるうちに太くなって陸へと迫ってくるのが目に入った。「つなみだ!」叫んでも声は届かない。村長は決断した。取り入れて庭にはさ掛けに並べてある稲むらに次々と火を放った。火はまたたく間に燃え広がり、その黒煙は天を焦がした。「庄屋さまの家が火事だ!」それを見て百姓たちはこぞって走り出し、丘の上の村長の家へ駆け登ってきた。村長は一年分の財産である稲を残らず失ったが、代わりに村人たちの命を救ったのである。
 昨年の東日本大震災における“つなみ”は記憶に生々しい。人、家という家、車、船、あらゆる物をのみこみ、押し流し、破壊し尽くした。しかも、この大地震と“大つなみ”は、福島第1原発の事故、それによる放射能──地域の汚染により、これまで科学技術によって支えられ、発展して来た現代文明を根底からひっくり返した。私たちは利便と快適を誇る生活を考え直さなければならない。
 再び“火”に戻る。十数年前、わたしは、東北電力のPR誌「ともしび」のルポライターとして飯島の火力発電所に取材に行ったことがある。百数十メートル?はあろうと思われる巨大な煙突から煙が吐き出されていた。「あの煙は森や山に降り落ちてからどうなりますか?」と訊くと、「あとは野となれ、山となれですよ」係の人は笑みをたたえて答えられた。煙に含まれる炭酸ガスは大気中にばら撒かれて地球環境を温暖化する。無責任ではないか?と心中ひそかに思った。東北電力もそのことを問題視していた。というのは、それからしばらくして「大潟村」に風車の取材に行くよう依頼された。この頃から東北電力は化石燃料を使わない発電を模索されていたと思われる。

 


取材先の大潟村では農業短大の教授が「大潟村は、常時毎秒5mから10mに及ぶ風の強いところなので、風力発電の候補地であるのでしょう」と言われた。とにもかくにも風力発電は有害な炭酸ガスなどを出さない。大気を汚さないのだ。その後、あちこちで風車を見かけるようになったが、大潟村に風車の姿はほとんど見かけない。ということを、元・八戸工大の佐藤正毅教授に申し上げると、先生は穏やかな笑顔で語った。「農産物直売所のそばにマグナス風車が建っています。自転する円筒が風を受けると気流が速くなる方向に揚力が働き、円筒がその方向に動くことを応用したものです。秋田発の新型風車ですね。風速が毎秒0.7m程度から回りだし、低速回転、低騒音で鳥の衝突も少ないようです。」
 いずれにせよ、大潟村は、冬期の吹雪など風車の新設には何らかの支障があるのであろう。もし実現できたら小規模でも電力王国となり、自給自足による大都市を現出せしめたのではなかろうか・・・・・・
 ところでその夢の実現に力を注いでいる町がある。大潟村の東に位置する五城目という(人口10,723人──平成24年4月現在)町で隣接する八郎潟町の有志を含む30数人のささやかな団体だが、いずれも町を背負って立つすぐれた知能集団で、彼らの素晴らしいところは、単なる机上の論議だけでなく、逞しい実行力を兼ね備えていることだ。「エコトピア湖東」というのが集団の目標を現した名である。エコトピア──即ちエコライフによる自給自足の理想郷の実現というのが目標である。わたしも自分の生活の場として暮らしている町であるので、趣旨に賛同、一会員になって時折、学習に参加させていただいている。学習によってその実践活動の成果をたどってみると、彼らが始めに実践したのは各家庭で分別された生ゴミの収集・堆肥化である。そして、収集生ゴミ2,291kgから、使用可能な堆肥3,581kgを試作した。また、町内の土に棲む土着菌による堆肥の効果を野菜栽培で確かめている。あるいは、間伐材を使用してシイタケ栽培を実施、これを朝市などで販売、いわゆる資源循環型社会の実現化を目指している。──(以上、平成24年度総会における事業報告に拠る)
 さらには、風力発電所の新設、従業員雇用なども勘案しながら、電力の自給、あるいは首都圏に電力を売電・供給するなど経済の活性化とエコライフによるユートピアを郷土に実現しようとする真に壮大な計画なのだ。これが単に30人余の夢でなく全町民、あるいは湖東地域の住民が一丸となって取り組んで、経済的自立、美しい環境の保全、自然エネルギーの活用によって、いわゆるエコトピアを実現したいものである。