文化遺産
Vol.34
“水鏡”のころ
北秋田市五味掘

 父が国鉄マンであったから、筆者は幼い頃から汽車のある風景に親しんでいた(田舎育ちだから“電車”ではなく“汽車”である)。そのため、生まれながらの鉄道好きでもあったのだが、昨今のいささか過熱気味ともいえる鉄道ブームや、しばしば問題視される鉄道マニアの目に余る行状には逆に興ざめし、みずからが鉄道ファンであることは伏せておきたいような心境でもあった。
 積極的に鉄道写真を撮り歩くということもしてこなかったので、最近の鉄道ファン(いわゆる“撮り鉄”と呼ばれる連中)が、田植えの直前に田んぼに水が張られた情景を“水鏡”と呼んでそこに映る列車の写真を好んで撮っているというムーブメントは知らなかった。意識して観察していると、毎年五月頃になると、非常に多くの“水鏡鉄道写真”が撮られて発表されているようである。
 改めて考えてみると、田起こしが始まってから田植えまでは一ヶ月もなく、美しい水鏡鉄道写真が撮れるのは一年のうちで何日もないことが分かる。これはもう、立派な「季節の風物詩」と言えるのかもしれない。
 負うた子に教えられ…の感ではあるが、自分でも水鏡鉄道写真を撮り始めてみると、これがなかなか面白く、また奥が深い。ちょっとでも風が出てさざ波が立つと、列車の姿はきれいに水面に映らない。線路端であればどこでも絵になる写真が撮れるというものでもない。
 掲出の写真は秋田内陸縦貫鉄道である。赤字続きで存続が危ぶまれているのはご存知の通り。増収のてこ入れをしたいものの、灯台下暗しというか、どこに着目して売り出していけばいいか見当をつけあぐねているようでもある。しかし、こんなに美しいニッポンの田園風景の中を走るローカル線なのだ。それをうまくアピールすれば、乗ってみたいと思う都会人は少なくないと思うのだが。
(文・写真/加藤隆悦)