文化遺産
Vol.32
玉川ダム[たまがわだむ]
仙北市田沢湖玉川

 雪が解けて里は少しずつ春めいてきても、秋田がくまなく春になるのには少しばかり時間がかかる。
 八幡平アスピーテラインの除雪が済んで岩手県側に抜けられるようになるのはゴールデンウィークの直前だし、森吉山麓の太平湖の遊覧船が運航を再開するのは6月に入ってからだ。
 春先の陽気に誘われてドライブに出かけて、通れるとばかり思っていた道がまだ冬季間の通行止めが解除されていなかったということも珍しくないのだ。
 その一方で、春先のごく短い期間でなければ愛でられない景色というものもある。この写真は、ある年の5月中旬に撮影したものだが、このころになると仙北市の玉川ダムには雪解け水が溜まり始め、どんどんと水かさが増していって、湖岸の芽生えたばかりの木々は半ば水中に没するのである。
 そしてこの、玉川ダムの独特のコバルトブルーの水の色!
 言うまでもなくダムの上流には玉川温泉があり、そこで湧き出す強酸性の温泉水は、昔から玉川流域の人々を苦しめてきた。田んぼに引く水には適さないし、ひところ田沢湖が魚の棲まない“死の湖”になったのも、玉川の強酸性水のためである。
 こんにち、玉川の酸性水は上流域の大掛かりな施設によって相当程度の中和が図られるようになり、農業用水としても許容範囲になり、あの田沢湖にも魚影が戻るまでになった。
 玉川ダムのこのコバルトブルーの湖水は、石灰石によって強酸性水を中和させる過程において、結果的に生じた色なのである。さらに言えば、玉川ダムは、中和した酸性水をここでせき止めて撹拌し、さらに中和を進めるという役割も担っている。
 一年のうちのわずかな期間しか見られないこの美しい奇観を、貴重な観光資源として秋田県はもっともっと積極的に売り出してもいいと思うのだが。
(文・写真/加藤隆悦)