文化遺産
Vol.29
ボツメキ湧水[ぼつめきわきみず]
由利本荘市東由利田代字沢中

 先年私は、『秋田のわき水』という本の刊行のお手伝いをさせていただいた。著者をサポートして、県内各地にある湧き水の所在地を特定する実地踏査をするものであった。すべてを網羅したわけではないが、それでも私の訪れた湧き水だけでも70ヶ所以上にのぼる。つぶさに探してみると、湧き水というのは至る所にあるもののようだ。
 そしてそれらは、人知れず淡々と地上に溢れ出しているものもあれば、しっかりした水汲み場や洗い場が造られていて、地域住民の暮らしになくてはならないものになっているものもある。
 都市部で水道水に頼り切って生活している者にはいささか意外なのだが、21世紀の今でも、多くの湧き水に遠くからわざわざ水汲みにやってくる人たちがいる。「タダで汲み放題だからだろう」と推断した人がいたが、もちろんそんなケチな発想ではない。水道水に比べて美味さが断然違うのだ。そのまま飲んでももちろんだが、ご飯を炊いたりお茶をいれたり焼酎やウイスキーの割り水に使っても、それぞれの味が見違える。人がどれだけ人工的に「飲用に適した水」をつくっても大地から自然に湧き出す水のほうが美味いのだから、やはり自然の力は侮れない。
 東由利の八塩山麓に湧く「ボツメキ湧水」の「ボツメキ」という奇妙な名前は、どくどくと水が溢れ出す様を現わしたものらしい。古くから地域の人々に親しまれていたのだろう。近年は水質の良さが認められてビールや日本酒の仕込み水にも使われているが、それでも大半は利活用されることなく川に流れ込んでいる。もったいないような気もする。
 自然からの贈り物に感謝しつつ、ペットボトルやポリタンクを持参して大いに汲んで帰りたいものである。
(文・写真/加藤隆悦)