随想

あ!

菅 禮子

 思わず「あ!」と声を出したくなるような失敗の思い出は、どなたにも一つ二つはあるのではなかろうか……それが衆人環視の中でそれも自分の手落ちではなく、他人の不注意に因るとなると、多少の腹立たしさを交えて「あ!」と叫びたくなるのだ。
 朝鮮半島は韓国の首都ソウル──その頃は京城と呼称されていた地の師範学校に入学したのは私が十三歳の時だった。入学間もなく休憩時間にFという体育の教官が教室にやって来た。
 F先生は課外活動の体操クラブ入部の勧誘に来られたのだ。
 「体操をやると身体の線が綺麗になるぞ!アタマもよくなる」と先生は宣伝された。
 体操が頭脳にどう作用するのか疑問だったが、小学校時代から運動神経は他人よりある方だったので、早速入部した。
 体操クラブの種目は、第三体操と言われる第一・第二より優美な動きを伴う徒手体操と、他に鉄棒、跳び箱の三種目だった。(現在のような平均台演技はなかった。)
 毎日、放課後あたりが昏くなるまで、練習をさせられた。ある日F先生が職員会議に出席のため不在のことがあった。上級生の判断で、練習を早々に切り上げて全員下校した。期末テストが明後日から始まるという日だったのだ。
 翌日、上級生五人がF先生に呼び出された。F先生は生徒たちを教官室のど真ん中に横一列に立たせ、怒号と共に鞭でピシピシとそれぞれの脚を打ち据えた。その峻烈さは今思うと世界選手権で優勝した日本女子バレーチームの大松監督をも凌駕するものだった。F先生にはオール半島を制覇し、本土の“明治神宮女子中等陸上競技大会”の体操選手権の出場権を得るという悲願があったのだ。
 そしてたしかに出場権を手中にはしたのだが、時あたかも太平洋戦争の真只中、本土と半島の間の朝鮮海峡には、敵の潜水艦が出没し、釜山・下関間の連絡船崑崙丸が魚雷攻撃を受け沈没するという事件があって、明治神宮大会出場は中止となったのだった。(昭和18年)
 ところで「あ!」と声を出したくなる話。──忘れもしない昭和十六年秋の運動会──に体操部の演技を公開することになった。二年生五名、一年生五名、半袖の白い運動上衣にブルマース、紺の鉢巻といったいでたちで体操、鉄棒と順調に進んでいよいよ最後の種目、跳び箱になった。クラブの中でも一番チビの私が先頭を切って跳ぶ。跳び方は仰向け横跳び越し。一番手として颯爽踏み出しかけて脚がピタと止まった。いつも七段重ねの高さなのに、運動会準備委員の手で据えられているそれはたった一段しかない。「違う、いつもの高さが全然違う!」私は思わず振り向いて背後に居並ぶ仲間たちに言った。仲間たちも確認して当惑顔である。

「何をしている! 早く跳ばんか!」どこにいるのかF先生の太いだみ声が聞こえた。正面に張られたテントの中には校長をはじめ教官たちが机を前に椅子に腰掛けてズラリと並んでいる。F先生は?眼で探したが、姿が見えない。私は観念した。というより、混乱した頭の中でこの期に当たってどうすべきか、考えもまとまらぬまま、斜め横から助走をかけて跳び箱の上に片手をつき、思い切り仰向けになって両脚を揃えて宙に突き上げた。次の瞬間、天地がひっくり返った。私はその低い跳び箱からでんぐり返って、地面にたたきつけられたのである。ドーッという運動場の空気をゆるがすような哄笑のどよめきが、周囲に居並ぶ千名の生徒たちから起こった。砂だらけになった私はやっと起き上がって、仲間たちの最後尾に並んだが、後につづく者たちも、私のように転がり落ちはしなかったが、恐る恐るというかなんともかっこうのよくない跳び方をした。演技の終り頃になって、ようやく気付いたF先生に叱咤されて、準備委員たちが七段重ねの跳び箱をテントの後ろから運び出して来たが、時すでに遅し、全員の演技は終わっていた。わが光輝ある京城女子師範体操クラブのデモンストレーションはなんとも後味の悪いフィナーレで終った。
 考えてもみられよ、七段と一段の落差を──
 一段重ねの跳び箱の上で、ぶざまな姿態を満場の中でさらした私の無念さは今以て胸底に澱んでいる。あの時F先生の傍に駈けて行って「跳び箱の高さが違います」となぜ言えなかったのか? 先生の姿が見つからなかったのだ。……のちに上級生たちから聞かされた秘かな話によると、あの日先生は前日に飲んだのか、お酒の匂いをプンプンさせて、そのためにテントの中に入らず、ずっと離れた所に立って演技を見守っていたとか……そう聞かされても私は先生を恨む気持ちにはならなかった。先生がいなくとも、準備係の所へ行って、「跳び箱が違っている(一段重ねは障害物競争用の物だった。)と言って取り替えさせれば、時間はオーバーしても、アクシデントは起こらなかったろう。十三歳の少女には、そんな才覚がつかなかった。
 時折、ふとその思い出が胸中に顔を出すたび私はその稚さもふくめて「あ!」と叫びたくなるのだ。苦笑いの表情で以て──。