文化遺産
Vol.18
秋田内陸線小又川鉄橋[あきたないりくせんこまたがわてっきょう]
北秋田市阿仁前田

 山形との県境にもほど近い旧象潟町の一隅を、川袋川が流れて日本海に注いでいる。流程自体もさほど長い川ではないが、河口付近でも川幅が3mで、かつ長靴なら歩いて渡れるほど浅く、川というよりは用水路と呼びたいような、小河川だ。河口近くで国道7号が川をまたいでいるのだが、その交差部分は橋というよりは暗渠。クルマで通過するときは下に川が流れていることにすら気づかないまま、走り抜けてしまうのだ。
 それほどの小規模河川でありながら、実はこの川が秋田県内では最も鮭の遡上が多いのだ。河口からわずか300mほど上流にヤナ場があるのだが、ここで捕獲される鮭は県内2河川の鮭の捕獲量のほぼ半数に上るという。
 秋も深まってくると、長い旅を終えてふるさとの川に帰ってくる鮭の姿が見られるのだが、川幅が狭く底も浅く、しかもヤナ場が河口から近いということもあって、河口から300mの間は鮭の“大渋滞”となる。すさまじい数の鮭で川が埋め尽くされてしまう。中には傷ついて満身創痍といった鮭や、力尽きて腹を見せて流れに漂っている鮭もいる。何か、“悲哀”といったようなものも感じてしまう。やがては我々人間の食糧となるものではあるけれども、現場でこれだけの鮭の群れを見てしまうと、じーんと胸を打つものがあるのだ。
 象潟生まれの鮭が、数年の海での回遊を終えてふるさとの川に戻ってくるわけだが、すべての鮭が戻ってこれるわけではない。回帰率は、東北の日本海側では1%程度ではないかという説があるようだ。帰りたくても帰れなかった鮭のほうがはるかに多かったということか。
 それだけになおさら、帰ってきた鮭の長旅の疲れをいたわってやりたいところでもあるが、残念ながら、帰ってくるなり鮭は人間に捕獲されてしまうのである。
 いやいや、帰ってきてくれたのだからこそ、我々人間がしみじみと味わって滋養にすればこそ、鮭にも本望というものではないだろうか。
(文・写真/加藤隆悦)