随想

豚軟骨・ジャージー牛肉・ホル中

あゆかわのぼる

 昨年夏、毎年お邪魔する能代市の子供七夕を見に行ったとき、地元の知人に、能代駅前にある『千両』という居酒屋でご馳走になった。
 板の間に座って飲む、近ごろ流行の、何処にでもあるさもねぇ居酒屋だった。注文した肴は肉が二品で、馬肉ステーキと、もう一品は豚の軟骨の焼肉。
 知人は、それを私に食べさせたかったらしい。
 私は仲間内で知られる味覚音痴で、友人でシンガーソングライターの友川カズキから、放送作家の菊池豊と亡くなったタレントのたこ八郎とともに『日本三大無味覚』と蔑称されたこともある男だから、味の濃やかな表現はできないが、これが絶品だった。
 特に豚の軟骨の焼肉は美味かった。
 馬肉については、北秋田地方に行くたびに、上小阿仁の道の駅や内陸線の阿仁合駅の食堂などで、馬肉の煮込み定食や丼を食べるのが楽しみだし、軟骨は、昔、友川を訪ねると必ず連れて行ってくれた川崎駅前の、友川行きつけの焼き鳥屋の鶏の軟骨。
 何処ででも食べられる軟骨の焼き鳥ではなく、肉付の軟骨を根気よく時間を掛けて叩き潰し、それを小型のハンバーグのようにして、焼いて食べる。これが適度な歯応えと香ばしさがあって抜群の味。
 親父さんは亡くなってしまったが、半端でない奇人で、気に入らなければ客を店に入れず、あるいは追い返し、客より先に自分が酔っ払い、ベランメー調から、やがて呂律が回らなくなるが、決して店仕舞いなどせず、気に入った客とはトコトン付き合う。
 友川を通してだけど私は気に入られ、友川を訪ねる度にそこに入り浸った。
 で、能代の豚の軟骨。
 それを食べたとき、かつての川崎駅前の焼き鳥屋の鶏の軟骨を思いだし、それに匹敵するほどの美味。よく砕かれているが、軟骨の歯応えが堪らない。
 これは、今まで他の何処かで食べたという記憶がない。
 訊くと、その昔、地元の肉職人たちが食べていたのを一般の人が知り、やがて口伝てに広まって、柳町界隈の店が出し始めて話題になり、今は一部のスーパーや肉屋でも売っているらしく、能代市内では知る人ぞ知るものとなった。
 先日、能代に行ったとき、駅前のスーパーから買ってきて焼いて食べた。塩胡椒してフライパンで炒めるように焼いて食べられるので、誰にでもできる。
 自動車道が無料になって秋田からでも気軽に行けるようになったから、そのうち、能代の名物として話題になり、わざわざ食べに行く人が出てくる様な気がする。
 こういうのは他にもあり、仁賀保高原・土田牧場のジャージー牛の焼き肉。
 専門的なことは分からないが、ジャージー牛は乳牛。一般的には、あまり食べることはないらしい。だから酪農家は、乳が出なくなると、二束三文で引き取ってもらうか、こちらがお金を支払って処分してもらうらしい。



 土田牧場では、牛は長く暮らしてきた家族同然。それではつれなかろう、ということで食べてみた。そしたらこれが、思いの他美味い。それでお客さんに食べてもらうと喜ばれた。
 3年くらい前に訪ねたとき、「食べてみて」と勧められてご馳走になったら、すっかりステーキ気分であった。
 しばらく行っていないが、牧場の人気メニューになっているかもしれない。
 こういう例をもう一つ。
 横手市沼館の『なお古』蕎麦屋。
 私はサラリーマン時代に4年間横手で過ごしたが、その時取り付かれた『麺屋』が4軒あって、それは、湯沢のラーメン屋『大元』。ここはラーメンの味だけではなく、主人夫婦の暖かい雰囲気がもう一つの味。秋田市辺りからわざわざ車を走らせて食べにくる客が多い。
 西馬音内の蕎麦屋の『小太郎』は、亡くなった親父さんが得も言われぬ雰囲気を持っていたし、おばあちゃんの気っ風も魅力。
ものがなくなれば店を閉めるので、時々出羽グリーンロードを車で走り、辿り着くと終わっている、ということもあって、それも引きつけられるもとになる。
 それから横手の『佐藤そば屋』。ここはおろし蕎麦が美味い。
 そして『なお古』蕎麦屋。
 この4軒にはよく通った。いや、今でも時々、檀家回りのように出かけて行っては食べる。
 皆さんも、近くに行ったら寄って食べてみてほしい。いずれの店も満足を請け合う。
 そのうち『なお古』の売りは『ホル中』。
 中華そばの中に煮込んだホルモンが入っているホルモン中華そばである。
 中華そばそのものが美味い。
 煮込みホルモンも美味。
 私は寄ると、ホルモンを食べて、その他にタッパーに分けてもらって、家に帰って晩酌の肴にする。妻も病み付きになって、私が県南に仕事で出かけると必ず、なお古そば屋のホルモンをお土産にねだる。
 この『ホル中』、全く偶然、というか、客のわがままが、誕生の発端だったという。
 かつては、中華は中華、ホルモンは酒のつまみで出していた。ところがある時、中華そばを食べていた客が、隣で酒を飲んでいる人の肴のホルモンが美味そうで注文し、中華そばの中に入れて食べはじめ、
「これは美味いッ!」
と叫んだ。
 やがてそれを真似る人が出始め、口コミで広がり、気がついたら店の看板メニューになっていたという。
 これらはいずれも、その地域、そこの店ならではの、知る人ぞ知るまさに一級品。
 B級グルメがどうしたとか、焼きそばや貝焼きこうしたとか、よく分からない新しい食の開発がかまびすしいが、どこか胡散臭い気がするのは、こういう“食の広がりの基本”を忘れたカラ騒ぎに見えたり、聞こえたりするせいかもしれない。
 料理人が能書きを並べたって、食う側の食指はそれ程動かない。たいていの場合、『食』は食う人の評価と口コミが決め、育てる。