随想

スペインの絵画

酢谷 潔

 何の意味も持たずスペインの地に降りたった。赤茶けた土地は荒涼としていて不気味な感じさえした。
 なぜスペインに来たか。それはその時のツアーがスペインを通ってヨーロッパの主要都市ローマ、パリ、ロンドンをまわることになっていたからである。
 兎に角、スペインの首都マドリードに着いた。そしてきめられたコースを観光してプラド美術館へ寄ることになった。はじめは何やらわからないことも多く、大きな絵の前を素通
りした。
 そして我々はゴヤの絵の前で足を止めた。ゴヤの名前はここに来るまで知らなかった。ベラスケスの名前も知らなかったのはかえすがえすも口惜しい。
 ゴヤの裸のマハは有名な絵らしく人だかりがしていた。我々が見れば何うということない裸体であるが当時のスペインの社会風潮から見て女性の裸体を画くことは色々問題が起こることを覚悟しねばならなかった。
 それを敢えて画き又そのモデルが有名婦人であることが取り沙汰され物議をかもし出した。この絵は同時に着衣のマハも描かれたので評判を呼んだ。ゴヤの絵はその他にも沢山あった。特に目についたのは巨人の絵で、物すごい巨人が大画面の上部の方に画かれ、下の方には逃げまどう民衆の姿が画かれていた。これはゴヤが当時世間に満ちている不安を寓意化したもので、それ以前には見られないものだった。肖像画としては「カルロス四世の家族」がある。これは王家の人々を画いたものでその内面を余すことなくえぐり出したものとされベラスケスの「ラス・メニーナス」を強く意識したものとされている。
 専門家は「ラス・メニーナス」と対比して御託を並べているが私には解らない。
 さて、そのベラスケスの「ラス・メニーナス」であるがこの絵は別室に展示されていた。画面の左側からの光を強調しているせいか蛍光灯で照らしてあった。
 この絵はスペインにおいては世界三大名画として喧伝されている。そしてこの絵は専門家の間でもバロック時代の最高傑作として認められている。ベラスケスは宮中画家として最高位を得ただけでなく宮中でも高い地位に昇った人で尊敬を集めていた。その他有名な絵は「ブレダの開城」で、この絵の模写は方々で見られる。負けた方の大将が勝利者に城の鍵を渡している場面で、これは歴史的にも有名な場面なのだろう。プラド美術館はスペインの歴史的事情もあってかフランドルとイタリアの絵が多い。この様な絵は歴史的に見れば貴重なものかも知れないがここでは見過ごしてしまった。
 ルーブル美術館では絵の莫大な量に圧倒されたがここプラドはそんなことなく余裕を持って鑑賞出来た。


 外に出てゴヤの銅像の前で一休みしていると何ともさわやかだった。
 翌日はトレド観光となった。トレドは比較的マドリードの近くにあって古都として有名である。昔スペインの首府だったこともあり政治、文化の面でも大いに貢献した経緯がある。
 大昔はローマにより征服されたこともあったが西暦569年西ゴート族により支配され首都になった。しかし712年にイスラムにより征服された。1085年スペインはトレドを奪回して首都とした。この日からトレドはスペインの政治面でも文化面においても輝かしい活躍を見せた。当時トレドには翻訳集団というのがあり貴重なアリストテレスのものも翻訳して世に出した。そしてヨーロッパの思想界に多大な貢献をした。1561年フェリペ二世は首都をマドリードに移したのでトレドの衰退がはじまった。現在のトレドは人口五万人で城壁でかこまれた地区とその外側に新しく出来た市街に住んでいる。
 トレドに来て必ず見学するところはカテドラルである。この建物は何回も破壊されては修復された。この建物の中には聖器室があってその正面にはエル・グレコの聖衣剥奪という絵が展示されている。我々は先ずキリストの着ている赤い衣服の赤の色のすごさに圧倒される。この赤い色によりこの絵の名を高めたといわれているがなる程と納得出来るものである。その後我々はある小さな教会に案内された。教会は少々鼻について来たので又教会かとあちこちで不満の声があがった。この教会はサント・トメ教会といってグレコの最
高傑作の一つ「オルガス伯爵の埋葬」が展示されている所だった。ガイドは声を張りあげて、世界三大名画の一つと叫んでいた。画面は下部が埋葬者が並び上部は天国を描いていた。そしてトレドに功績のあったオルガス氏の魂が天上に向かっていることをあらわしている。更に埋葬者の中に自分の姿を描き入れる熱の入れようである。我々が見ただけではそんなすばらしい絵とも思われないが、ただ評判を聞いてそうかなと思うだけである。三大名画の話は前にも聞いたことがある。
 プラドでラス・メニーナスを見た時である。その時はそんなに感じなかったがグレコの絵を見てスペインの人々の鑑賞眼の高さを感じない訳にはいかなかった。更に我々は「グレコの家」なる所へ案内された。
 少し大きめな普通の家である。グレコの生活を再現したもので作品が展示されている。トレドに来て驚いたことに一つの都市にこんなにも有名な画家がいたということをこれ程顕著にあらわした所もないし一人の画家が都市を背負っている感じさえする。