随想
「尿閉」体験顛末記
永井登志樹

 「尿閉」とは読んで字の如く尿が閉じる(尿が出なくなる)=自力でオシッコができなくなること。つい最近、その尿閉がわが身におこり、大変な目にあった。
 そもそも私がなぜ尿閉になったのかといえば、前立腺肥大症の身であることによる。前立腺は膀胱のすぐ下にあり、それが歳を重ねるにつれて肥大し尿道が圧迫され、尿の勢いの衰え・残尿感・切迫感・夜間頻尿などの排尿障害を起すようになり、症状が進むとついには急性尿閉に至る。肥大する原因はよくわかっていないようだが、一説によれば、日本人男性は55歳以上で40%、70歳以上では70%が前立腺肥大であるという。「秋建時報」の読者のみなさんの中にもこの病気で悩んでいる方がいるかもしれないので、私の尿閉体験を恥をしのんで披露することにしよう。

 その日は滞在していた東京から秋田へ夕方の新幹線で帰る日であった。夕方まで時間があったので2軒の映画館をはしごして、途中、カフェでひと休みした時にビールを飲んだ。だがこれが間違いのもとだった。前立腺肥大にお酒はよくない。アルコールは前立腺をうっ血させるのでますます肥大するうえ、利尿作用によって膀胱が急激にいっぱいになることで、括約筋と排尿筋のバランスがくずれてうまく排尿できなくなる。私の場合、利尿作用があるものではほかにコーヒーがだめで、ここ2年ほどコーヒーはカフェオレ以外口にしていない。が、酒はそうもいかず、量を控えて時に飲んでいた。
 映画を見終えてからトイレに行ったのだが、オシッコの出が極端に悪い。実はこの時から尿閉は始まっていたのだが、これまでもお酒を飲んで一時的にこうした状態になることがあったので、そのうち戻るだろうとあまり気にも留めず東京駅へ移動。発車まで時間があったので駅構内の居酒屋に入る。これが第2の間違い。映画館で同じ姿勢で長時間座っていたことに加え、昼のビール。そしてシメが冷やの吟醸酒。今から思えば尿閉まっしぐらなのであるが、この時は旅先の解放感もあって、好物のホヤ酢とアナゴ煮を肴に2合ほどスイスイ。いい気持ちになって新幹線に乗り込んだ。
 乗ってすぐにトイレに行くと、出ない。オシッコが全く出 ない。座席に戻るとまたすぐに尿意をもよおす。で、トイレへ。が、出ない。ここでようやくわが身におこった異変に気づく(遅すぎる!)。そのうち尿意とともに下腹全体に波が押し寄せるような痛みが襲ってきた。これは今まで経験したことのない痛み。座っているのもつらくなり、デッキに居場所を移し苦痛をやりすごそうとするのだが、波状的に襲ってくる陣痛(男だからよくわからないがそんな痛み)に思わず身をよじる。
 ようやく秋田駅に到着した時には、痛みが増して歩くのもやっとの状態に。秋田駅からさらに1時間の苦痛に耐え、自宅のある男鹿駅に到着するとすぐに男鹿みなと市民病院の夜間救急外来へ直行。診察室のベッドに横たわる私の下腹部を見て、当直医師は「わ〜膨らんでいるね〜」と感嘆?の声をあげる。確かに膀胱はパンパンだ。尿閉の患者にはカテーテ ルで導尿(管を尿道に入れてオシッコを外へ出す)する処置がとられる。カテーテルが尿道から抜き取られると、看護師が持つ尿瓶には700mlの尿がたまっていた。普段の膀胱の容量は300ml〜400mlが限度といわれるが、尿閉した人の中には1,000ml、ひどい時には1,500mlもたまる人もいるという。そうなったら命を失うこともあるので恐ろしい。さて、導尿処置で私の膀胱はしぼみ、それまでの七転八倒するような苦痛は嘘のようにスーッと消えていた。
 ところが、これでひと安心と思ったのもつかの間、翌日の夕方ころからまたオシッコが全く出なくなった。そして再び襲ってきたあの痛み。いったん床に就くが、朝まで我慢できそうにないので、昨夜に続いて夜間救急外来のお世話に。夜中の1時、尿道に再度カテーテル挿入。この時、尿が真っ赤になって出てきた。どうやらカテーテルを入れるとき、尿道の静脈を傷つけたため出血しているらしい。それでも痛みは消え楽になったので、不安に思いながらもそのまま帰宅して就寝する。
 早朝、またもや襲ってきた下腹部の痛みに目が覚める。耐え難い苦痛にまたもやみなと病院救急外来へ行き、3度目のカテーテル挿入。尿は真っ赤で、導尿してから時間があまり経っていないのに激しい尿意が起こるのは、出血しているせいもあるようだ。さらにその6時間後に4度目、9時間後に5度目の導尿で救急外来へ。この時、担当医が「今は膀胱の排尿筋(膀胱を収縮させる筋肉)が伸びきって収縮できなくなっている状態なので、バルーンカテーテルを膀胱に留置してしばらく様子を見よう」という。これは尿道カテーテルを挿入したままにして、膀胱から管を通してバック(尿袋)に尿をためるようにする措置。この歳(56歳)にして留置尿道カテーテル装着者となるとは、トホホ…。
 カテーテルを装着していると、人に会うのにもひと苦労。外での仕事はほとんどできない。それに尿袋をぶらさげたオシッコ垂れ流し状態というのが、思った以上に気分を落ち込 ませる。尿閉になると身体的にはもちろんのこと、精神的にもつらいということを実感する。
 ようやくカテーテルを外したのは装着5日目。外す前に膀胱に200mlほどナトリウム液を注入する。これがもし出なければ、再び留置カテーテルを装着しなければならない。カテーテルを抜いてすぐに診察室の一角ある便器に腰を下ろし、下腹に力を入れる。チョロチョロと出てきた。8日ぶりに尿道口から出たオシッコだ!もうこうなったら、速攻で手術するしかない。
 カテーテルを抜いた翌日、紹介状を持って秋田市内の総合病院の泌尿器科を受診する。これまでの経過と前立腺の肥大ぐあいから、「経尿道的前立腺切除術(TURP)」による手術をすることに決定。「TURP」は電気メスを装着した内視鏡を尿道から挿入して、肥大した前立腺の腺種を切り取る方法で、前立腺肥大の手術としては今はこの方法が主流となっている。あとは医者を信頼してまかせるのみだ。

 今回の体験でつくづく思ったのは、自分の健康管理、自己管理の甘さ。若いころと同じ思い上がった感覚でその場しのぎで過ごしているツケが吹き出したように思う。それと、医師不足、患者数の減少などで秋田の地域医療は崩壊寸前だが(みなと市民病院も莫大な赤字を抱えている)、こうして自分の住む町に夜間救急外来を受け付ける病院があることの心強さ、有り難さも身にしみた。
 みなさんも(特に持病を抱えている方は)健康管理にはくれぐれも気をつけて…。