文化遺産
Vol.6
斉内川潜水橋[さいないがわせんすいばし]
大仙市太田町小神成

 まず写真をご覧いただこう。
 これは、川をクルマで強引に渡ろうとしている図でもなければ、突然の増水で道路が冠水してしまったという図でもない。これでもれっきとした“橋を渡っているところ”なのだ。
 橋脚を立てて川の流れと“立体交差”するように造られる一般的な橋と異なり、川床をクルマが通れる程度に整備したのや初めから増水時に水没することを前提にして造られた橋を、「潜水橋」と呼ぶ。
 比較的交通量が少ない区間でも低コストで橋が架けられ、また、洪水のたびに橋が被害を受け修復費用がかさむということも少ない。自然の脅威に敢えて逆らわない、人間の英知から生まれた発想だ。
 ただし、大雨で増水したときなどは当然渡れなくなるので、その意味では、 “好天時限定”の橋ということになる。
 写真の潜水橋は、旧太田町の真木渓谷に続く斉内川に造られたものだ。一般的に潜水橋(あるいは沈下橋)と呼ばれるものは、普段は水面上に露出して造られているものが多く、四国の四万十川に架かる橋などが有名だ。それに対して斉内川のこの橋は、常時水中にある。正式には「河床路」と呼ぶらしく、こんにちでは全国的に見てもかなり希少な存在なのではないだろうか。
 現地に行ってみれば分かるが、確かに、どうしてもこのあたりで川を渡らなければならないというニーズは、それほど多くはなさそうだ。むしろ今では、珍し物好きが噂を聞きつけて面白がって渡りにくるというほうが多いかもしれない。それでも、地域の人たちにしてみれば、雨の日などは辛抱するにしても、行きたいときにはいつでも川向こうに行けるというこの橋の安心感は、決して小さくはないだろう。
 大きな公共工事もいいけれども、小さな「生活の安心感」で間に合うことも、あるような気がしてくる。
(文・写真/加藤隆悦)