随想
お酒との、ひょんな出会い・こんな付き合い
あゆかわのぼる

 ウイスキーは、50年近くひたすらトリス。3ヶ月に1回くらいジョニ黒を買い、年取りの夜にオールドパー。
 なぜトリスなのかというと、最初に飲んだ洋酒がトリス。まだ若かったからそれ程飲む機会が多くなかったけれど、大抵がドブロク。それがサラリーマンになって寮に入ったら、初日の歓迎会に出たのが、トリス。これが美味だった。ドブロクと若干の清酒しか知らない山出しの若造にとって、ちょっとオーバーに言えば世界観が変わるほどの出会いだった。それが、ほぼ毎晩繰り返されたから、体の中にトリスがインプットされた。
 ジョニ黒は30年くらい前かなぁ。会社の指名で、香港・台北の研修旅行。研修旅行と言ったってメーカーの招待。当時のこのコースは、今では口に出すことも憚られる所謂国辱旅行。
 香港に向かうキャセイ航空の機内で出された飲み物が、まことに美味なウイスキーのロック。目の前が満艦飾になった。この世に存在する味とは思えなかった。飛行機に初めて乗った田舎者には機内サービスというものがあることも知らず、注文もしないのに勝手に持ってきて、香港に着く頃は目ン玉が飛び出るほど請求されるのではないかと、薄っぺらな財布が気になる。チビチビやっていると、ご一行様のまわりの客が次々に注文する。隣の知り合いに「高いんでしょ」と囁くと、「ただだ」。
 これが機内サービス、酒はジョニ黒と教えられた。
 当時、国内で買えば、1万円札を出して釣りが来るかどうか。外国旅行慣れしているらしい隣の知り合いが、「香港の免税店に行けば3千円で買える」という。
 飛行機を下りると真っ直ぐ免税店へ駆け付け、取りあえず2本買う。とても日本に帰ってから買えるものではないから、3泊4日の間はこれに浸ろうと決意。
 観光地巡りの間も宿でも手放さず、おかげで、幸か不幸か、国辱的体験は免れた。
 オールドパーとの出会いは20年くらい前。ある業界内で吝嗇でその名も高い人から、会社の忘年会に招待された。その席に鎮座ましましていたのが件の洋酒。飲んだことはないが高価だということは知っていたから、(やる時はやるじゃないか)とその人を見直す。
 そして一口。ジョニ黒が足下に平伏し、こちら天にも昇るほどの芳醇な香りが体内に広がり、夢見心地。
 何時か自腹をきって飲んでみよう。そして5年前の大晦日、我が家の年取りの宴の卓に上る事になった。
 問題は焼酎。
 焼酎を飲み始めたのも30年くらい前。旅館に婿入りした友人の家に、仲間が集まって飲んだ時、その席に出たのが、『紅乙女』と『大八』。
 『大八』は今はないが、五城目町産の米焼酎。『紅乙女』の、香ばしさと包みこまれるようなふくよかな美味に、ラベルをみると福岡生まれの胡麻祥酎とあった。それまで。二十歳代の頃、しくじったドブロクで作った自家製の焼酎を三、四度しか飲んだ経験のない身に、これもまた、人生観を変える実質、焼酎の初体験。
 以来、私の座右には、トリスに加えていつしかこの二銘柄の焼酎が座った。そのうち大八がなくなった。20年近く前、民放のテレビ番組で草柳大蔵と仙台で対談した時、打ち上げが国分町の『おでん三吉』。そこで飲んだ焼酎を思い出して、同じ南秋産だから『三吉』にする。
 ところがその焼酎である。飲み始めた頃は、紅乙女が少し高かったが、他は1.8L大体1,200円前後。それが政府の策略だろう、酒税のせいでドンドン値上がりして、最近は2,000円に限りなく近くなってしまった。おまけに高級品志向が強くなって貧乏人をいたぶる。
 先に上げた二銘柄をメーンにして、他にいつも5、6種類の焼酎を侍らせているが、大抵貰い物。
 値上がりの度に家人の顔色をうかがい、これではならじと、たまに1,200円くらいの、余り名前を聞いたことのない銘柄のものを買ってくる。ところが確実に不味い。
 先日、宮崎産のいかにもそれらしいローカル色のある名前の芋焼酎を買ってきて飲んだら、これが苦くて喉にささるようなすこぶる付きの不味さ。書棚に並ぶ数冊の焼酎関係の本をめくったら、一応蔵の名前は載っていた。しかし、件の焼酎は取り上げられていない。もしかすれば焼酎ブームに便乗した後発品か。あるいは貞操観念の余り感じられない首長のミーハー的人気のどさくさに紛れて放出したものか。
 それに乗せられたこちらがアホか。
 別に言い訳ではないが、九州には小さな蔵で醸している絶品の地焼酎が多くあるという。その昔、友人の娘が九州男児に嫁いで、何度かその手の地焼酎を払い下げてもらったことがあるが、あれは美味かった。
 本州の焼酎好きも、最近はすっかり喉が肥えてきたから、私のような味音痴でも、便乗売り込みなどはわかるようになった。バカにしているとそのうち足下を掬われるぞ。
 本州にだっていい焼酎が生まれ、育ってきた。
 わが秋田県も、昔は片手間、清酒造りの過程で生み出されたものを、行き掛けの駄賃的ホマチ稼ぎで売っていたが、最近はいろんな酒蔵が、本気になって焼酎を売り出した。大体が米焼酎だが、数年前に出たきくいも焼酎はちょっと捨てがたい。しかし、販売戦略、戦術が間違ったのか、きくいもそのものが大量生産出来ないせいか、何所でも買える状態にない。値段も少し高いし。
 それにしても、何かせこい話になってきたぞ。
 それで本物の飲ンベェと言えるのか。
 で、ビールは。清酒は、とお訊きかい。
 そうさなぁ。ビールは、かつて水代わりに朝昼晩飲んでいたが、痛風に襲われ糖尿を患ってからはうがい程度。
 清酒は、さて? 最近はとんと口にしなくなったナァ。
 昔は、蕎麦を食べる時なんぞ、小振りなグラスでいっぱい添えてもらったりしたもんだし、この季節となるとしみじみ飲みたいと思ったものだが、ナァ。
 飲ンベェの私がこれだもの。秋田の酒も苦労する訳だ。
 金融機関のシンクタンクの情報誌のデータを見ると。売り上げが、毎月、毎年同月割れ、前年同期割れ。
 近頃は、せっせと外国に活路を見出すべく通ってなさるようだが、どうだろうネェ。
 足下を疎かにしていると足腰が弱って、何時かガクッときませんかねぇ。
 昔は「特級酒より美味い秋田の二級酒」と言われたもんだが、ねぇ。どうしたもんかねぇ。