文化遺産
Vol.5
生保内発電所[おぼないはつでんしょ]

仙北市生保内


 国道46号を秋田から盛岡方向に向かい、刺巻駅前を過ぎて生保内地区に入る手前、国道と秋田新幹線が並んで川を渡る区間がある。その橋の上から左手を眺めると川岸に1棟の工場然とした建物が見える。それが東北電力生保内発電所だ。
 予備知識がなくても「ああ、あれは発電所だな」と想像ができるのだが、ではその発電用の水がどこから引かれているのかというと、すぐには見当がつかない。
 答えを言ってしまえば、それは田沢湖だ。発電所と田沢湖の間は小高い山が隔てているので、お互いの位置関係は地図の上で確認するしかないが、発電所から北西約3kmのところに田沢湖の取水口がある。
 田沢湖の湖水が発電に用いられていると聞けば、湖岸の「たつこ像」のあたりの水かさの変動が激しいのにも合点がいくのではないか。田沢湖を代表する記念撮影スポットであるたつこ像は、台座部分まで歩いていける時もあれば、台座の半分近くまで水位が上がり、まったく近寄れない時もある。水が引いている時は、生保内発電所がフル稼働したあとだと考えればいいだろう。
 田沢湖をダム代わりに使うために導水されたのが、毒水とまで言われた強酸性の玉川の水。今の時代だったら開発反対の大合唱だっただろうが、戦時中のこととて、計画は有無を言わさず進められた。案の定、田沢湖は魚の棲めない湖になってしまったのだが、近年は玉川の酸性水中和処理施設も稼働し、湖面に魚影を見ることも多くなってきた。少しずつ、田沢湖は生き返り始めているのだ。
 また、生保内発電所が放水をすると、放水口の先で大きな水のうねりが生じ、日本には珍しい大激流の様相になる。これはカヤック(カヌーの一種)愛好家には「生保内ウェーブ」と呼ばれ、日本中のカヤックファンが一度は訪れてみたい憧れのスポットになっているのだとか。平和な時代ならではのレジャーだが、発電所が戦時中の計画によるものとすれば、いささか皮肉な話ではある。
(文・写真/加藤隆悦)