文化遺産
Vol.1
元滝伏流水

にかほ市象潟町小滝麻針堰

  Rのつかない月にはカキを食べてはいけない…という言い方が、古来よりされている。January(1月)、February(2月)など、英語で表わす12ヶ月には、スペルにRを含む月が多い。Rを含まないのはMay(5月)からAugust(8月)までの4ヶ月だけ。言い換えれば、「カキは夏の食べ物ではない」ということだ。
 ただしこれは、言うなれば日本では太平洋側での常識。日本海で獲れる天然岩ガキは、初夏こそが旬になる。にかほ市象潟で毎年7月の最終土曜日に催される「海の幸まつり」は、絶品ともてはやされる象潟のとれとれの天然岩ガキを食べられる機会として、全国の食通から注目されている。
 日本海沿岸各地で獲れる岩ガキの中でも象潟産が特に有名なのは、ミネラル分を豊富に含んだ鳥海山の伏流水が海底から湧出していて、それが滋味あふれる象潟の岩ガキを育んでいるため、ということのようだ。
 山に降った雨や雪が、蒸発したり地表を流れる以外に、地中深くしみ込んで伏流水になることは、理屈では理解できる。では、どれほどの水が地中を流れているのかというと、なかなか実感は湧かない。それをまざまざと見せつけてくれるのが「元滝伏流水」だ。
 象潟町小滝の深い森の中、どうどうと音を立てて鳥海山の伏流水が地表に湧き出している。その湧水量は一日に約5万トンにもなるという。たった今まで深い地中を流れてきた水なので、真夏でも手を切るような冷たさだ。
 山に降った雨や雪が地中にしみ込んで再びこのように地表に湧き出すまで、80年の歳月がかかっているとか。今から80年前といえば、昭和5年前後にあたる。日本に大きな戦争があったことも知らない、清らかな水なのだ。
(文・写真/加藤隆悦)