-迷訳・御読- “胡瓜の舟” |
菅 禮子 |
詞を思い浮かべたり、口に出したりしたとたんにその曲[メロディ]が身辺に流れ出すという不思議な体験は、これが初めてではなく以前にも一度ある。タクシーに乗って秋田市の郊外を走っていた時、車内ではカーラジオを流していた。放送されているテーマが「懐かしの童謡」となんとかいうのだったので、わたしは日頃、顔なじみの運転手さんに「子供の頃こんな歌が好きだったのよ」とくちずさんでみせた。
〈閑話休題〉 故向田邦子さん(脚本家 次々と話題作を生み出した)は、少女時代有名な「荒城の月」の歌詞「めぐる盃」を「眠る盃」と思いこんでいた-とエッセイに書かれていたが、似たような体験がわたしにもある。冒頭に書き出した 歌詞のあとにつづく二行-
とまれ、子供というのは奇想天外な迷訳をするが、わたしが中学校の国語教師時代に、テストの答案で遭遇した迷訳を次に紹介する。 |
問1:次の詞の意味を記せ ◆春秋に富む 答 春と秋に一生懸命働いて金持ちになる。 ◆春宵一刻値千金 答A 春の晩一時間毎に千円ずつ使う。 B 春の夕方一時間に千円儲けた。 -けだし名答?と言うべきか!- 問2:次の人名に読みがなをつけよ ◆石川啄木 答 いしかわ“とんぼく” ここに至ってわたしは腹をかかえ、目に涙をためて笑った。本来なら教師即ちわたしの講義を真面目に聞いていなかったのだから怒るべきなのだが・・・・ 先頃この国の首相が「未曾有[みぞう]」を「ミゾウユウ」と読んで国民の失笑を買ったが、高位高官のお偉い方がとんでもない誤読をした例はA首相に限ったことではない。時は昭和十年代、所は朝鮮半島京城[けいじょう](現韓国ソウル市)。街の中央に聳える南山の中腹に、当時日本政府によって建造された朝鮮神宮があった。終戦のその日に韓国の人々の手で打ち壊され、今は跡片もないが、花崗岩で造られた大鳥居は美しかった。神社仏閣には夫々[それぞれ]位≠ニいうのがあって朝鮮神宮は官幣大社[かんぺいたいしゃ](最高位)だから祭礼の際は天皇の名代として勅使が代参する。その勅使を務めたのが当時の朝鮮総督M陸軍大将だった。陸大卒のM総督は神前で告文(神に捧げる文)を朗読したが、文中の「只管[ひたすら]」を「タダスガァ」と読んで、しかもその音声はラジオ放送で巷に流れていたから、当時の識者を呆れさせ、亦、時の京城スズメ達(殊更に人の失敗をあげつらい、事件を大げさに喋り立てる人々)を大いに喜ばせた。 誤読は誰しもあることだが、それにしてもそれこそ未曾有の経済破綻、失職、汚職、殺人、天災人災等々混迷の世の闇の中で、数多[あまた]の誤読、失言にめげず 、四面楚歌、五里霧中の濁流に棹さすA首相の笑顔、明るい性格[キャラクター]は稀有と言おうか奇蹟と言おうか、なにか救われる。 棹さすと言えば人類は今、人智を結集した胡瓜ならぬロケット(形は似ているが)に載って無窮の宇宙(そら)に究理の旅をしている。で、思いついたのだがロケット内で冒頭の詩の曲[メロディ]と詩句を流したら・・・・・騒乱の地球を離れ宇宙 ≠ニいう神の存在を讃えつつ、その只中に身をゆだね、その原理を究め、地球と人類の救済を目指す旅には、なかなかに佳い伴侶[みちづれ]と思うが・・・・。
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