文化遺産
No.72
経緯度観測点・測量台座

にかほ市象潟三崎山

 各地で見られる三角点(一等〜四等)は三角測量に用いられる経度、緯度、高度の基準になるポイントのことである。永久標識に分類される測量標は明治新政府によって設置規格が定められたが、その後、内務省地理局の三角測量を経て国内の測量業務は明治17年(1884)に参謀本部に移管されて以後、その設置と管理は、戦前は参謀本部陸地測量部、戦後は国土地理院によって行われている。

 鳥海山麓、秋田、山形両県の境付近の三崎山(161.3m)にも一等三角点が設置されているが、その傍らに直径約70センチの円柱コンクリート台座がある。これは昭和3年(1928)、同じく一等三角点がある酒田市飯森山と飛島柏木山の三地点に設けられた経緯度観測点の測量台座で、三地点は二等辺三角形で結ばれるものだ。台座の側面に、10センチ四方の銅板プレートが嵌め込まれ、「經緯度觀測點 昭和3年8月 文部省測地學委員會」と、それと同意の英文文字が刻まれている。
 これら三地点で測量を実施した理由は、20世紀初頭のドイツ人気象学者で探検家のアルフレッド・ウェゲナーが大陸移動説を発表して世界的に大きな論議を呼んだことに関連する。それを日本でも検証しようと発案したのが地球物理学者の寺田寅彦博士たちであった。
 今ではGPS(全地球測位システム)が一般化して経緯度測量もより精度を増しているが、その当時は三角測量や天文測量などに頼るのが普通であった。採石場が点在する鳥海山麓の小高い丘に、壮大な夢を抱いた寺田寅彦博士たち先人の確かな足跡が残されているのは残念ながらあまり知られていない。

(取材・構成/藤原優太郎)