随想
酸性雨が怖い
藤原 優太郎

 子供の頃、雨が降ると放射能が混じって危ないという噂がしきりだった。その危険な放射能がどこから来たのかは知らないが、頭の毛が抜けたら大変だと大騒ぎしたものだ。しかし、それが原因で頭髪が抜けたという話もあまり聞かなかったからそれほど深刻な問題ではなかったのだろう。
 近年、地球の温暖化など環境破壊はますますその度合いを深めている。これは私たち人類が豊かさと便利、快適さなどと引き換えに累積した物質文明の大きな負の遺産である。
 1月29日付けの毎日新聞に、「硫黄汚染:中国から流れ込み、樹氷を汚す」という衝撃的な記事が載っていた。山形と宮城両県にまたがる蔵王連峰の有名な樹氷群で硫黄汚染が深刻化しているということだ。これは山形大学と東北大学の研究者の分析によるものだが、今や酸性雨や二酸化炭素排出などの大気汚染は、もはや学者だけの研究テーマではなくなっている。

 硫黄酸化物の蔓延はまぎれもなく酸性雨が原因である。酸性雨は樹木の立ち枯れなど目に見える具体的な現象となって現れるので、私たちにもきわめて認識しやすい環境問題といえる。厄介なことに、酸性雨は洋の東西を問わず、国境を越えて広範囲に被害を及ぼすことから地球規模での重大な環境問題となっているのである。
 酸性雨とは、火力発電所や金属精錬所などの排ガスとして出る硫黄酸化物などが、大気中で太陽光線やオゾン、水蒸気などと化学反応を起こし、硫酸や硝酸などの酸になり、それが雨や雪に溶けて降り注いでくるものという。この雨や雪の酸性度を示す値がpH(ペーハー)と呼ばれる水素イオン濃度指数である。中性の7を基準に酸性が強いほど小さな数値になり、5.6以下になると酸性雨になるというわけだ。
 前述した蔵王連峰の樹氷群の場合は、90年代前半はpH5.6くらいで推移していたが、その後、しだいに酸性化が進み、今年に入って生態系への影響が懸念されるpH3.8を記録したという。生態系というと、まるで動物か植物の世界と思われがちだが、無論、私たち人間もその輪の中に入っている。だから、これは実に由々しき問題であるわけだ。

随想

 20世紀末、東欧の「鉄のカーテン」が開かれて以来、ポーランドやチェコスロヴァキア、旧東ドイツなど東欧諸国は一気に大気汚染が進み、「黒い三角地帯」として、世界最悪の酸性雨汚染地帯といわれた。驚くことに、これらの三国の森林は1980年頃から一斉に枯れ始め、針葉樹の96.2%が枯死したといわれる。
 国境を越えてやって来る酸性雨のようなありがたくない流動的産物は、今、爆発的な経済成長と工業化を進める中国などからのものが多いようだ。今年は北京五輪があり、そのために中国のインフラ整備もめざましいと聞く。そのことによって大気中に排出される温暖化効果ガスや酸性雨の種が偏西風に乗って日本にやって来るとしたら、日本は間違いなく負のグローバル化の第一被害者となる。直接的な因果関係は不明ながら日本の海岸地帯を主としたマツ枯れやナラ枯れ現象なども酸性雨と無縁ではなく、被害はしだいに北上しつつあることも気がかりだ。
 樹氷といえば蔵王ばかりでなく、八幡平や森吉山などでも見られる。しかし、この頃はその樹氷の発達が著しく衰えている。本当の樹氷らしい樹氷が見られないことが実感としてある。地球の温暖化や酸性雨の影響は近い将来、現実的、かつ深刻な問題として文明のつけの精算を求めてくるだろう。きれいな空気や安全な水はもはや空想の世界になってしまった。今の私たちはどうしたらいいのだろう。考えると安心して眠れない夜がつづく。