文化遺産
No.57
横荘線鉄道のトンネル群

横手市雄物川町・由利本荘市老方

近代文化遺産
 横荘線は大正から昭和にかけて路線運行した民間の地方鉄道である。大正3年(1914)に横手と本荘を結ぶ計画で設立された横手鉄道だが、翌々年に横荘鉄道に社名変更され、初開業は大正7年(1918)の横手・沼館間であった。路線は出羽丘陵の山間部を逆S字形に設定され、横手と本荘からそれぞれ工事に着手していた。営業開始以降、翌大正8年には沼館・館合間の3・6km、さらに同9年、館合・大森間1・8kmと漸次鉄路が延びていった。そして昭和3年(1928)には大森・二井山間の5・4kmが開通し、同5年には山中を通る二井山・老方間の12・1kmが開通した。

 一方、本荘から出発する横荘西線は大正11年(1922)に本荘・前郷間の11・6km開通したが、その後、昭和初期の農村不況に災いされ資金難から全面開通の望みが絶たれてしまった。この西線は翌年、政府に譲渡され、のちに矢島線となって本荘と矢島の間が鉄道で結ばれた。
 横荘線の路線跡は横手から二井山までほとんどが住宅地や県道などの道路に吸収されてしまったが、二井山から東由利の老方付近までは路線の跡が明瞭に残っている。旧雄物川町二井山から山中に入った鉄道は、二井山、御岳、金谷、浮蓋の各トンネルを通り、最後の笹倉トンネルをくぐると間もなく老方の駅も近かった。各トンネルは二井山トンネル以外、現在、小型車の通行も可能な道路で、脇を通る新しい県道と並行している。両側に山が迫る狭い切り通しの道に往時の面影を十分偲ぶことができる。また、各トンネルには補修の手が加えられており新しさが目立つが、現在、横手市と由利本荘市の境となる浮蓋トンネルは比較的、昔の姿に近いものといえそうだ。
 横手と老方間の横荘線は昭和46年(1971)まで運行し、同年の7月19日をもって廃止された。終着の老方駅の跡地はその後東由利町役場庁舎の敷地となった。

(取材・構成/藤原優太郎)