文化遺産
No.51
旧金子家住宅
秋田市大町1丁目3-31

近代文化遺産

 秋田市の大町や茶町は藩政時代、藩から家督を許された商家が立ち並ぶ町人町の中心であった。基本的に江戸時代の商家は近代化遺産の範疇に入れてないが、この金子家は明治19年(1886)、秋田町(秋田市)の大半を焼き尽くした俵屋火事で焼失し、翌20年に建てられ、昭和57年までこの地で商いがなされた旧家の代表として取り上げた。
 平成8年、所有者の金子家から秋田市に寄贈され、翌9年に江戸時代後期の伝統的建物として秋田市の指定有形文化財となった。建物は主屋1棟、土蔵1棟からなる。木造2階建て、切妻造り、鉄板葺き(元は古羽葺き)。

間口4間、奥行15間というのは藩政期、商家に許された大きさで、総面積は約96坪(316.54平方m)である。
 通りに面した入口から建物の中に入ると、通りに並行した小店という土間通路がある。これは冬期間、雪を避けるアーケードのようなもので、立ち並ぶ商家の軒先に連続するものであった。通り土間は4間の間口から奥まで続くもので、その横に店や中の間、おえ(居間)、台所などの各部屋が続いている。その奥、広い土間を境として土蔵がある。土蔵は主屋と鞘屋根でつながっており、壁は黒漆喰で化粧されている。土蔵の出入り口には二重の引き戸と漆喰の扉がつけられている。
 また、屋根の上にある2個の天水甕は防火用のもので、昭和8年に秋田を訪れたドイツの建築家ブルーノ・タウトも興味深く観察している。
 現在、隣接する秋田市民俗芸能伝承館の管理運営となって一般に公開されている。

(取材・構成/藤原優太郎)