その後、大正3年(1914)7月に乙式石油蒸発白熱灯に改良され、昭和13年(1938)には商用電力が利用された。灯火は1500ワットの電球を光源とし、光度は26万燭光となった。昭和26年(1951)、鉄製灯台が老朽化したため改築を施し、高さ28メートルの塔型コンクリート造りに改良されたが、海水面から灯火中心までの高さは57メートルとなった。馴染みの深い白黒横縞模様の現在の灯台の誕生である。
昭和47年5月、無人化となり、翌48年に入道崎水島照射灯が初点灯された。そして、平成10年には点灯100周年を迎え、電球がA-2(1500w)からメタルハライドランプ(400w)に変更されて現在に至っている。入道崎灯台は北緯40度ラインに位置し、光達距離20海里(約37km)で、照射角度は10度から293度となっている。
入道崎は昭和初期まで畠や原野で住む人はもちろん、道路もなかった。
映画「喜びも悲しみも幾年月」のように職員が住み込みで管理していた頃、地域住民もまたよく協力し、喜怒哀楽を共にした。
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